右門捕物帖
京人形大尽

佐々木味津三

右門捕物帖
京人形大尽書籍情報

底本:「右門捕物帖(二)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:kazuishi

右門捕物帖
京人形大尽 8

佐々木味津三

な、次郎松、むっつり右門のおじさんは、そのとおり何もかも知っているんだからな、隠さずにみんな話しなよ。このおじさんは強情っ張りがいちばんきらいだからな。すなおにいえば、どんなにでも慈悲をかけてやるゆえ、みんないってしまいな。ここへ奉公に来るときも、おまえの父(ちゃん)とおっかあが、金を扱うところへ奉公に行くから、小判の毒に当てられるなよ、といったはずだが、どうだ、おじさんのいうことはまちがっているか」
 いわれて、強く胸を打たれでもしたかのごとく、じわり、と目がしらをうるませていましたが、しゃくりあげ、しゃくりあげいいました。
「申します、申します。まことにおわるうござりました。いかにも、わたしがあの三千両をこの蔵から盗み出して、弥吉どんのまくらもとへ置きました。かんにんしてくださりませ。かんにんしてくださりませ」
「よし、泣かいでもいい、泣かいでもいい。そうとわかりゃ、けっしてこのおじさんはとがめだてをせぬが、でも、どういうわけで、おまえがそんなたてひきしたんだ。おじさんが思うには、きっとおまえは弥吉からつね日ごろかわいがられていたんで、そのお礼心に、一つまちがやどろぼうの罪も着ねばならぬほどのことをしたと思うが、どうじゃ、ちがうか」
「そのとおりでござります。隣のへやで、だんなさまがお妙(たえ)さまをおしかりなさっていたのを聞いていましたら、美しいお嬢さまもおかわいそうでござりましたが、やさしい弥吉どんも、金がないばっかりにつらい思いをせねばならぬかと、ふびんでふびんでなりませなんだゆえ、あの晩土蔵へのお供を仰せつかったをさいわい、こっそり塩豆を穴にうめて、錠のかからぬようにしておきましてから、夜そっと弥吉どんのまくらもとへお金を運んでおいたのでござります」
「千両箱といや、十三や四のおまえひとりでは運ばれぬ目方があるはずじゃが、だれかに力を借りたか」
「子どもだとて、そのくらいな知恵がつかぬでどういたしますか! 封印を破って、少しずつ少しずつ、気長にひとりで運んだのでござります」
「ほほう、そうか。ねずみのまねをしたと申すか。目から鼻へ抜けるというたが、いかさまその賢さならば、右門のおじさんの弟子(でし)になっても、ずんとまにあいそうじゃな。では、それほどおまえがふびんに思うて、日ごろの、お礼心を返す気になった弥吉どんじゃがの、今どこにいるか、その居どころを知っているじゃろうな」
「…………」
「なに? 黙っているところをみると、そればっかりはいえぬというのか。おまえの親切がかえってあだとなって、そのためにこのうちを追われた弥吉どんじゃもの、おまえとてもそのまま黙っているはずはあるまいし、また弥吉どんじゃとて、よし、あだになった親切じゃろうと、うけた親切は親切じゃもの、何かその後おまえと行き来があったと思うが、どうじゃ、おとなしくいってしまえぬか」
「…………」
「ほほう、そればっかりは強情張っているところをみると、なにかまだ大きな隠しごとがあるかもしれぬな」
 いいつつ、あの鋭い烱眼(けいがん)で、じろじろ小さな義少年の次郎松を見ながめていましたが、そのとき――ふと名人の目に強く映ったものは、いぶかしや次郎松少年の腰のところに、いとたいせつなもののごとくつりさげられている一個の腰ぎんちゃくでした。それも普通の品ではなくて、ひと目にそれと見られる金襴地(きんらんじ)の小袋でしたから、発見するや、鋭い声がとんでいきました。
「そりゃなんだッ。おまえがたには分にすぎた腰ぎんちゃくじゃが、どれ見せろッ」
 見とがめられて、ぎょッとしたように必死と両手で押えつけましたものでしたから、いかでわれらの捕物名人が許すべき!――。
「ちっと痛いが、こらえろよ」
 いいつつ、草香流でもぎとってよくよく見ると、こはなんたる奇怪ぞ! プンと鼻を打ったは、線香――、お寺さんで用いる上等の線香のにおいです。
「ほほう、これはどうやらすばらしくおめでたいことになってきたぞ」
 およそここちよげな微笑をもらしもらし、守りぎんちゃくの中を改めていましたが、と――はしなくも現われてきた一通は、次のごとくに書かれた紙片でした。
「そなたのうれしきあの夜の心尽くし、生々世々忘れまじく候(そうろう)。されど、今は親しくお目にもかかれぬ身、お礼のかわりにこの守り袋お届け候まま、わが身と思うて、たいせつにご所持なさるべく、はよう年季勤めあげて、ご立身なさるよう、陰ながら祈りあげ候。次郎松どの――」
 読みおろすと同時でした。じつに意外ともなんとも言いようのないことを、ずばりと名人がいいました。
「人形大尽! 十七、八の島田がつらを一つ用意しておきなせえよ」
「えッ※(感嘆符疑問符、1-8-78) まだなにかそんなものを用意して、娘の供養をせねばならぬのでござりまするか」
「さようじゃ。ちっとこんどの供養は大金がかかるが、だいじないか」
「金ゆえに失った娘でござりますもの、それで供養ができますならば、いかほどかかりましょうとも惜しくはござりませぬ」
「でも、この近江屋の身上がみんなじゃぞ」
「みんなじゃろうと、どれだけじゃろうと、喜んでさし上げまするでござります」
「すこぶるよろしい! では、あすの朝にでも河岸(かし)へ行って、江戸一番の大鯛(おおたい)をととのえてな、それから灘(なだ)の生一本を二、三十樽(たる)ほどあつらえておきなよ。そうそう、特にこのことは忘れてはならぬが、これなる次郎松少年は、じゅうぶん目もかけ、いたわってもつかわせよ。こういう賢い奉公人というものは、そういくたりもあるものではないからな」
「なんじゃやらいっこうに解せませぬが、しろとおっしゃれば、どのようにでもいたしまするでござります」
「ますますよろしい! では、伝六ッ!」
「えッ?」
「夜通しではちっと眠いが、今から青葉見物にでも出かけようじゃねえか」
「…………※(疑問符感嘆符、1-8-77)」
「黙って首なんぞひねらなくたっていいんだよ。ほら、小判で五両やるから、これで酒手もなにもかも含めてな、大急ぎに遠出駕籠(かご)を三丁雇うてこいよ」
「ゲエッ――と、ようようこれで声が出やがった。まあそう矢つぎばやとものをおっしゃらずに、しばらく待っておくんなせえよ。――な、辰ッ。おりゃ、こんどばかりは、だんだんだんながおっかなくなってきたからな、お供は断わりてえが、おめえ行く気かい」
「…………」
「なにをもがもがと、死にかけたふなみてえな口つきしてやがるんだ。おめえもあんまりおどろいたんで、声が出ねえのか!」
「で、で、出るよ、出るよ、このとおりりっぱに出るが、だんながああおっしゃるんだから、青葉見物とやらに行ったらいいじゃねえかよ」
「ちぇッ、こいつ、おまえの目は夜が夜中でも青葉が見えるかしらねえが、おらの目はこう見えたって人間並みにまっとうなんだぜ。つまらんところで、できそこないの目を自慢するない!」
「おいこら、伝六ッ」
「えッ!」
「なにをいつまでむだ口たたいているんだ。駕籠はどうした!」
「あきれるな、またなんか化かす気でいるんだからな。ほかのところじゃ慈悲ぶけえだんなだが、いつもこの手ばかりゃ、ほんとに伝六泣かせですよ」
 いいつつも、屈強なのをそろえてそこに来たのをみると、ゆうぜんとうち乗りながら、名人がこともなげにいいました。
「おまえたちもあとのに乗ってきな。――おい、駕籠屋、行く先は青梅(おうめ)の宿だぞ!」