右門捕物帖
京人形大尽

佐々木味津三

右門捕物帖
京人形大尽書籍情報

底本:「右門捕物帖(二)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:kazuishi

右門捕物帖
京人形大尽 5

佐々木味津三

「なるほどのう。そのあげくに、とうとうこの丈長(たけなが)に見えるような戒名となってしもうたというのじゃな」
「へえい。ひと口にいえばそうなんでござりまするが、ちとそれが妙なんでござりましてな。家出をしたとて、まさかに死にもいたすまいと、捜しにも行かずにほっておきましたら、その晩ひょっくりと船頭衆のようなおかたが、どこからかお使いにみえましてな、この紙包みをお嬢さんから頼まれましたと申しますので、なにげなくあけてみましたら、だんながお持ちのその髪の毛なんでござりますよ。においをかいでみましたら、娘が好んで日ごろ使っておりました丁子油の髪油がかおりましたゆえ、こりゃ、どっちにしてもただごとではあるまいというので、急に騒ぎだしましてな、所々ほうぼうと人を派して、だんだんと捜すうちに、あろうことかあるまいことか、深川の先で死体となって揚がったのでござります。入水(じゅすい)するときけがでもしたか、顔は一面の傷だらけで、娘かどうか、ちょっと見ただけでは見分けもつかないくらいでしたが、着物のがらも娘のものだし、年ごろも十七、八でござりましたし、それになによりの証拠は、形見によこした髪の毛が根元から切られて、ざん切り坊主となったおなごでござりましたのでな、泣くなく野べの送りをしたのでござります」
「いかにものう。だが、それにしても、京人形をあつらえて、小判をまきに吉原へ来たとは、ちといぶかしいな」
「いいえ、それが今のてまえの心持ちになってみれば、ちっとも不思議ではないのでござりまするよ。だんなさまをはじめ、花魁(おいらん)がたにも特にここのところをしっかりと聞いていただきたいのでござりまするが、たったひとりの娘に死なれて、千両万両の金がなにたいせつでござりましょう! こうなるまでは、この世に小判ほど尊いものはあるまいと存じたればこそ、人にも憎まれるほどな拝金宗となりまして、あげくの果てには娘の器量までも黄金に売り替えんばかりのあさましい了見になったのでござりまするが、つまらぬてまえの心得違いから、だいじなだいじなひと粒種の娘に仏となってしまわれてみて、翻然とおろかな悪夢から目がさめたのでござります。ほんとうに、ほんとうに、はじめて目がさめたのでござります。人の尊い、いいえ、かわいいかわいい娘の命が、万両積んだとて、億両積んだとて、卑しい金なぞで買い替えられるものですか! 娘がなくば、小判なぞいくらあったとて、なんの足しになるものか、なまじ手もとにあれば、てまえのあさましさ、娘のふびんさが思い出されてならぬと存じましたゆえ、一つは仏へのせめてもの供養に、二つには不浄の金ができるだけ役にたつよう、使い果たしてやろうと存じましたので、ふと思いつきまして、その日に、さっそくこの吉原へまず五千両を携えてまいったのでござります。と申しただけではまだご不審かも存じませぬが、おなごはやはりおなごどうし、娘へのたむけには、この廓(くるわ)でままならぬかごの鳥となっておられまするおかわいそうな花魁(おいらん)衆へ、わずかながらでもおこづかい金をもろうていただいたならば、これにました金の使い道はあるまいと存じたからでござります。さればこそ、形見の髪で人形をあつらえ、せめてもそれを娘と思うて、小判の供養をしたつもりでござりまするが、それさえあまり悲しゅうて、つい心が乱れていたあいだにしたことでござりますゆえ、どのようなお恥ずかしいとこをお目にかけましたやら、こうして気が晴れてみますると、ただただもう赤面のほかはござりませぬ」
「なるほど、そうか、よくあいわかった。話の初めを聞いているうちは、人の皮かむったけだものじゃなと思うていたが、今のそのざんげ話を聞いて、いささか胸がすっといたした。では、なんじゃな、あれなる黒ねこが、髪の毛をはぎとったのも、そちはどこでとられたか覚えもあるまいが、生前娘がかわいがっていたゆえ、丁子油のにおいから、畜生ながらもだいじにしてくれた人の面影を慕うて、人形とも知らずにとびついたのじゃな」
「おそらくそうでござりましょう。子どものようにかわいがっておりましたゆえ、それが忘れかねて、知らぬうちにつけ慕っていたものと思われまするでござります」
「よし、もうそれで、すっかりなぞは解けた。では、なんじゃな、そちがわしに力を借りたいというは、弥吉のまくらもとにあったとかいう三千両の盗み出し手をよく調べたうえで、万が一ぬれぎぬだったならば、罪人の汚名を着せて追いだした弥吉にそれ相当のわびをしたいというのじゃな」
「へえい。ぬれぎぬでござりますればもちろんのこと、よしんばあれがついした盗みにござりましょうとも、それほどまでにして娘がほしかったのかと思いますると、憎いどころか、弥吉の心がふびんに思われますゆえ、おついでにあれの居どころもお捜し当て願えますれば、つまらぬ了見違いで、若い者の思い思われた仲を割ろうとしたこのわからず屋のおやじの罪をいっしょにわびたいのでござります」
「気に入った、大いに気に入った、そういう聞いてもうれしい話で、このおれの力が借りたいというなら、むっつり右門の名にかけて、きっと望みをかなえさせてやらあ。じゃ、もうこの丁子油の髪の毛も用がねえ品だから、ついでにねこへも供養させてやるぜ。ほら、黒とかいったな、おまえにこいつあいただかしてやるから、生々世々(しょうじょうよよ)までおまえの命があるかぎり、お嬢さんだと思って守っていなよ」
 投げ与えてやると、愛するものにめぐり会いでもしたかのごとく、黒ねこがニャゴウゴロゴロ、ゴロゴロニャゴと、のどを鳴らしつつ髪の毛をくわえながら、いずれかへいっさんに走り去りましたので、われらの名人の秀麗な面に、はじめて莞爾(かんじ)と大きな笑(え)みが浮かぶといっしょに、ずばりと命令が下りました。
「さ! 伝六ッ、駕籠(かご)だ、駕籠だ!」
「ちぇッ、ありがてえッ。いまに出るか、いまに出るかと、さっきからなげえこと、しびれをきらしていたんですよ。だんなの分が一丁ですね」
「二丁だよ」
「えッ! じゃ、あっしが兄貴分の役得で、乗られるんですね」
「のぼせんな! こちらのお人形お大尽がお召しになるんじゃねえか」
「ほい、また一本やられたか。なんでもいいや、だんなのお口から駕籠が出りゃ、おいら、胸がすっとするからね。じゃ、辰ッ、おまえもひざくりげにたんと湿りをくれておけよ」
 こうなると伝六なかなかにうれしいやつで、骨身も惜しまずたちまち揚げ屋の表へ、くるわ駕籠を二丁見つけてまいりましたものでしたから、いよいよ捕物名人の第十五番[#「第十五番」は底本では「第五番」]てがらが、丁子油ならぬ溜飲(りゅういん)下げのにおいをそろそろと放ちだしました。